霊山嵩山~城虎丸悲話の山~ - 【片手よつこのてくてく山歩き】
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霊山嵩山~城虎丸悲話の山~

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嵩山 789m ぐんま百名山





平成30年1月21日(日) 晴れ
メンバー:Aさんファミリーと私の4人

コース
表登山~<見晴台>あずま屋~<天狗の広場(二の丸跡)>あずま屋~小天狗
~実城の跡(本丸跡)~昼食タイム~東登山道下山~一升水~駐車場

一周:2時間40分(休憩・昼食タイム含む)

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嵩山は標高789mの独立した山で、渋川方面から吾妻に入って
一番先に見える姿の美しい山です。
中之条町のシンボルのひとつとなっていて、東南面は切り立った岩肌、
西北面は見渡す限り見事な樹海が広がり、近くの山々、
遠くの白根、四阿山、浅間、遙かに上信越高原国立公園の一帯を
一望のもとにできるという景勝の地です。

駐車場は道の駅「霊山たけやま」です。
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表登山道からスタートします。
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<嵩山(たけやま)三十三番観世音>

嵩山には登山口を第一番目として、山北の池平の第三十三番目に至るまで、
山内に石仏が点在しています。
戦国時代、斉藤城虎丸(さいとうじょうこまる)(18歳)を城主として守られていた嵩山城は、
永禄8年(1565年)11月17日、武田信玄方の上田城主・真田幸隆(幸村の祖父)に攻められ、
死力を尽くしましたが、ついに落城し、斉藤氏一族は婦女子まで自刃、
あるいは大天狗の岩から飛び込んで自決したと伝えられています。

嵩山城落城の約140年後の元禄15年(1702年)、嵩山合戦で悲惨な最期を遂げた犠牲者を
供養するために、五反田に住み着いていた江戸の僧・空閑(くうかん)と地域の人々を中心に、
坂東三十三番の観音像が建立されました。

登山口の第1番
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※<道の駅霊山たけやま>HPより1~33番までの観音像はこちらをクリック
※嵩山(たけやま)三十三番観世音地図及びハイキングコースはこちらをクリック
※私が実際に見た「三十三番観世音」(1~26番)はこちらをクリック
   (5番見落とし、20番は撮影困難な場所に設置のため諦めた)
※私が実際に見た「三十三番観世音」(20・27~31番)はこちらをクリック
   (29番撮影出来ず)

<経塚から先にある西登山道は立入禁止となっていたため32番と33番は
まだ撮影出来ていません>

と言う訳で、撮影の撮り残しは5番、29番、32番、33番と残りあとわずかです。

今日は初心者さんの案内につき「29番」がある五郎岩までは行かないので
「5番」だけ撮影しようと思っています。


表登山を登り上げた所の、小天狗の手前にあずま屋がありますので
Aさん一家にはここで休憩して頂いて
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その間に私は「5番」観音様撮影に、ひとっ走り行ってきます=3=3=3

ありました!
ただし、この杭のすぐ近くにある訳ではありません。
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観音様は岩の上の方です( ‘o’)
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このように、他の観音様も登山道沿いにすべてある訳ではないので
三十三観音をすべて網羅し、なおかつすべてのルートを1度で制覇しようと
思うとかなり時間を要します。

なので、モデルコースとしては2時間15分とされていますが
全部細かく見て歩くと4~5時間はかかります。
モデルコース 
↓  ↓  ↓
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5番の観音様を撮影し終えて、あずま屋へ戻ると
この山に毎日登っていると言うおじさんがやって来ました。

今日はどのコースをまわるのか?と聞かれ
今日は初心者案内なので、大・中・小天狗のピークは行かず
全部巻いて尾根歩きコースで下山すると伝えたところ
「せっかく来たのに小天狗くらい行かないと、もったいないよ、
すぐだし、大丈夫!大丈夫!そこが一番展望がいいんだから!」と・・・

・・・私は今日で5回目なので小天狗の展望の良さは分かっています
ただ、初心者案内なので、安全第一、ケガなどしないで下山する事が
大前提なので、そこに行く予定ではなかったのに・・・・

私の不安はお構いなしに、そのおじさんは「着いてきな!」くらいの
勢いでAさん一家を引き連れて行ってしまい・・・

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まあ、こんな具合で一応写真まで撮影してもらい
とりあえず、転倒などなく無事に行ってこられましたが
心労が半端なかったですΣ(ω |||)


小天狗から見える不動岩です。
あそこはとても連れて行けないのでパスします。
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※不動岩に登った時の山行記事はこちらをクリック
 ブログのプロフィールに使用している写真は、小天狗から不動岩を眺めている姿を
 息子に撮影してもらったものです。
 上記の山行記事よりご覧いただけます。


小天狗の大島神社
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浅間山
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方向的に多分、白砂山、草津白根山、横手山あたりかと思います。
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さて、冷や冷やしながら小天狗を降り
霊山嵩山の見どころである「御城の平」(無常の平)/本丸跡に着きました。
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実城の平(みじょうのたいら)
嵩山城の山城本丸跡
「実城の平」は城の中心の意。
「本丸」を「実城」と言う。
武田信玄方の真田幸隆に攻められ嵩山城は陥落。
若き城主「城虎丸」(当時18歳)は山から飛び降り自ら命を絶ち
女性や子供も後を追ったという悲話が伝わる。
この戦いの犠牲者の供養と霊山嵩山への信仰のため
坂東・西国・秩父の嵩山百番観音が建立された。
ここには西国・秩父観音71体(観音70体・阿弥陀如来1体)が安置されている。
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本丸跡の先にあずま屋がありますので
そこで昼食タイムしてから、大天狗へは行かず下山します。

登山道の左手側に、骨穴・一升水が見えてきます。
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大天狗から身投げしたと云われていますが、
落城後、多くの骨がここに散乱していた事から
実際に飛び降りたのはこの場所だとされています。
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こんなに胞子のハッキリ見えるノキシノブは初めて見ました。
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ツクバネ<果実>
落下する時、羽根つきの羽根のようにクルクル回転する。
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別名:ハゴノキ
4枚の羽が着いたツクバネの実で、
茶花として人気があるそうです。
羽根つき遊びは、この実を手で衝いて遊んだのが始まり。
羽根つき遊びの追い羽根に似ているので名付けられた。


一昨年、「真田丸」で岩櫃山が一躍有名になりましたが
そもそも真田家が岩櫃城に入る以前は 斉藤憲広が家督を継いで岩櫃城主だった。
妻は不詳であるが四人の子供があり、長男を斉藤太郎憲宗、
二男を四郎大夫憲春(または弾正左右衛門)次は女子で三島の地頭浦野下野守に嫁したが、
のち羽尾治部入道に嫁いだ。
末子を城虎丸といい嵩山城に居らしめた。

嵩山城は岩櫃城をとりまく出城として重要視されていたのです。

岩櫃城が武田信玄方の上田城主・真田幸隆(幸村の祖父)に攻められ落城。
岩櫃城主吾妻太郎斉藤越前守の子・城虎丸(じょうこまる・18歳)を擁した吾妻衆が、
上杉謙信の支援を受けて嵩山城に2年間立てこもりました。
しかし永禄8年(1565年)11月、激戦の末に一族は大天狗の岩から飛び込んで自決し、
嵩山城は落城しました。

当時の18歳と言えばもう大人だったのかもしれませんが
現代の18歳なら考えられないような戦国時代があった事を
肌で感じる事の出来る山です。
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コメント

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No title

よっこさん
こんにちは
一昨年の紅葉の季節に全く同じコースをヤマユリさんと回りました。
とっても懐かしく見させていただきました。
浅間山がとってもきれいに見えましたね。
何処から見ても浅間山はいいですね。
歴史の秘話も興味深いですね

Re: No title

iiyuさん、おはようございます!

そうでしたか!
低山ですが、見どころ満載で初心者から上級者まで
楽しめるとてもいい山だと思います。
この時期、雪の積もった浅間山は目立ちますね~
草津本白根山が噴火したので、浅間山も警戒しなければなりませんね。
昨年、鏡池の所を通ってきたので、今回のニュースは大変驚きです。